
今日は朝からみんな二時間睡眠で降る稼働。
朝からげんたさん疾走したり、和気あいあいと始まった朝だったが、釜石に入って衝撃的な絵が飛び込んできた瞬間、さっきまでの気持ちが嘘のように脳裏に焼き付いてしまった。
ニュースで見ていたよりも、現実は本当にすさまじかった。
心の中で何度も冥福を祈りながら、目的地へ向かう。
大槌町の大徳院だったのだが道路状況や瓦礫のため、迷いに迷い、さらに現地ボランティア団体とうまく連携がとれず、でも、がんばり、食材や物資をしっかり生かせる安渡小学校で炊き出し、キャンプさせてもらうことになった。
そこからは、もうみんな時間との勝負、うまい飯を人数分もれなく届けるためにがんばって作りました。
お昼はカニ汁、たらこごはん、コナゴの佃煮。
おいしそうに食べるみんなをみるとにんまり。
そして、「ありがとう」といわれるとそれだけで大変だったことも吹っ飛ぶくらいうれしかった。
あの光景を目にして
それでもこの場所で生きることを選び、日々少しずつの前進していくこの人たちを見て、もっと何かしたい気持ちになり、もっとがんばろうとおもった。
昼の炊き出しが終わり、休むのも束の間、次は夜の炊き出し準備。
ほっけ、720匹焼きました。ホタテ、タラコと自衛隊のおにぎりが今晩の飯。
ホタテやはり大人気。
喜んでもらえてよかった。
気がつくとあたりは暗くなり、まかないめしを島牧むらーずで食べる。
夜になると、俺はもしかしたら今日が最後の夜になるとおもい、ギターを手に取り、うたえないかとギターをしょって歩いてみました。
火に当たっている、現地のみなさんと話すと歌いなよといってくださり、うたいだすと、たくさんの方が集まってきてくれて、うれしくなり、歌うことができました。
気持ち、伝わったかな。
島牧村は南西沖地震の時に、全国のみんなに応援してもらい、復興させることが出来ました。
少しでも恩返しと、音楽のパワーを信じたい。
そして、まさにみんなと一つになりそうになったそのとき。
罵声が飛びました。
歌うことによって、傷つけてしまいました。
慎重にやりなとみんなから忠告を受けてましたが、不本意な結果になってしまいました。
本当にごめんなさい。
決してもめごとを起こしたくて歌ったんじゃないことだけはわかってほしいです。
でも、何人も泣きながら僕をかばってくれたり、ありがとうといってくれたり、僕の方こそあったかいものをいっぱいもらい、涙が溢れてきました。
来てくれてありがとうと。こちらこそ、ありがとうございます。ごめんなさい。と何度もいっていました。
そのあと、火にあたりながら、島牧むらーずも現地のみんなとも語り、今夜の夜空はなまらきれいで忘れそうにないです。
Tシャツに現地のみんなからメッセージももらっています。
帰ったらみんなにも見せるね。
明日も早いのでねます。
一日も早い復興を。
おやすみなさい。
あ、今日はうれしいニュースがありました。
まだ飲み水としてはだめですが水が使えるようになりました!